行政書士 大庭孝志 の今日もステップ!!

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大河ドラマ天地人の第32回

朝鮮に渡った景勝と兼続は苦戦を強いられるが、ほどなく帰国の命が。
秀吉と淀の間にのちの豊臣秀頼となる男子・拾(ひろい)が生まれた。

その数日後、景勝と兼続は毛利輝元に招かれ、
輝元から、秀吉が甥である秀俊を毛利家へ養子に出そうとしていることを明かされ、
景勝は毛利家の代わりに秀俊を養子にしてほしいと頼まれる。
困惑する兼続と景勝だったが、お船はこの一件の打開策を北政所に願い出た。
当の秀俊は、養子話を断ってほしいと景勝に懇願するも、
景勝からは己の運命を受け入れるよう諭されるのであった。

結局、秀俊は小早川隆景のもとへ養子に出された。
秀俊は後に小早川秀秋と改名。
後に関ヶ原の合戦では大きな役割を果たすことになる。

伏見城が完成の祝いの席に、諸大名が駆けつける。
その席で家康や輝元に嫌みを言われた三成を兼続は励ました。
その後、越後に戻った兼続は領内の政治に専念する。

そんな中、子たちの教育係となったお涼と再会。
兼続はお涼にしばらく越後で暮らすことを勧める。
そのころ、京では秀次が謀反の疑いをかけられていた。
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