行政書士 大庭孝志 の今日もステップ!!

ステップ行政書士法人で代表者をやってます。行政書士業務の色んなこと、趣味や日常生活のいろんなこと みなさまお付き合い下さい
管理者ページ 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
こちらをカチッとお願いします

昨日の大河ドラマ「江」では
明智光秀は「本能寺の変」の後に、
わずか数日で「山の合戦」で破れ、農民の竹やりで
最後を遂げました

あの場面でお江が明智光秀の所へ行ったというのは
ありえない話だと思いますが・・・・・

話は変わり、実は明智光秀は実はずっと生きていて
その後徳川家康の側近として使えた
天海僧正になったというはなしがあります

その根拠のひとつが、後に徳川家光の乳母となる
春日局の存在があげられます

春日局はそのまえはお福といい、
父は明智光秀の側近であった斉藤利三でした
お江からみれば、まさに伯父の敵
謀反人の縁のものを家康が三代将軍の養育係とするのは
じつは大きな裏があるという話に繋がります

実は信長暗殺の黒幕は家康、実行犯が明智光秀
家康は信長の指示により正室の築山御前と
嫡男の信康を死に追いやられました
このまま信長の勢力が巨大なものとなれば
自分の身がどうなるか分からない

同じような危惧を抱いていた光秀と利害が一致
本能寺の直前に光秀は信長の命により、
家康の接待係をしていてそこで実は計画が練られ
光秀が秀吉への加勢を命じられたのと契機に
一気に本能寺へと突入したというもの

しかし、家康と光秀の計算違いは
秀吉が毛利と和睦し一気に中国大返しと言う
離れ業をやってのけたこと
ここでは光秀は生きていても単なる謀反人となり
大勢を見方につけることは出来ず家康と謀り
死んだことにして、天海僧正となって
家康と共に後に天下をとることになったわけです

明智光秀転生―逆賊から江戸幕府黒幕へ明智光秀転生―逆賊から江戸幕府黒幕へ
(2001/12)
伊牟田 比呂多

商品詳細を見る


謀殺ー天海僧正が明智光秀か (1976年)謀殺ー天海僧正が明智光秀か (1976年)
(1976/09)
八切 止夫

商品詳細を見る
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oobaoffice.blog28.fc2.com/tb.php/1586-675a8fe2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。